在り方のエッセンス

インドに飛び込み体験、体感し得たものは、本当の自分に帰る知恵。

すべては母を想う心から

新しいことがはじまるんだ!そう感じて迎えた11月。

 

1日1日の気づき・変化を体験する毎日で、目の前の現実が好転速度が加速中で興奮します。

 

興奮だけじゃなくて、家族やご先祖さまに感謝の思いが溢れて涙腺崩壊月間となっています(泣

 

今週、39年生きてきてやっとやっと果たせたお役目があります。

役目を果たせたこと、願いがかなった今とても幸せで喜びが満ち溢れている。

 

感無量ってこういうことなんだろうな。。。

 

 

これまで生きてきた中で、私はお墓参りを欠かしたことがありません。

父方と同じように母方のお墓も必ず足を運び、自分の人生に希望が持てないような時にも

足が向くままお墓に行って

「いつも守ってくれてありがとう」と感謝を伝えてきました。

 

母方の方には、また別の想いもあって。

 

写真もあまり見たことがない母の生みの親に

「お母さんを産んでくれてありがとう」といつからか、心の中で伝えるようになっていました。

 

母の生い立ちは複雑で、生みの親は母の3歳の誕生日の1ヶ月後に病死、

母代わりだったおばあちゃんも翌年他界。

 

その後、母を連れておじいちゃんは再婚するんだけど、

事実があって母は7歳で親と離れて暮らすことになった。

 

こんな話をどのタイミングで聞いたか忘れたけど、祖父母、両親、兄弟がいて、

わがまま言って好きなものを買ってもらえる私はどれだけ贅沢なやつなんだと思った。

 

同時に7歳で親と離れて暮らすってどれだけ寂しかっただろう、怖かっただろう、

辛かっただろう、どれだけの痛みをこの人は抱えてきたんだろう。そしてどれだけこの人は強い人なんだろう。

と母の心のうちにある悲しみを思うと、この人をこれ以上悲しませていけない。

 

そう思うようになっていて、私のしっかり者のいい子ちゃんはここから始まった。

 

仲良し親子ではあったけど、現実派の母は感覚的な私の個性を認めてくれず、

なんで分かってくれないんだろう?っと切ない想いもしたし、それを通り越して怒りになったりもした。

 

だけど、母親の無償の愛ってやつをたっぷり味わうことなく生きてきた母が、

一生懸命、育児本を見て間違わないように間違わないようにって模索しながら

育ててくれてた事をおもうと、真正面から感情をぶつけることもできなかった。 

 

私が7歳で生死を境をさまよい、運良く五体満足で日常に戻ってきたけど、

その当時どれだけ不安な日々を送ったのだろう。

 

当時の私は自分の身に起きたことに実感がなく、

「死んでも不思議じゃなかったなら死んでよかったのに」と思うような冷めたやつでした。

 

やることなすこと妬まれ、揚げ足取られる学校生活が「めんどくさ」っと

疲れていたんですよね。

でも生かされたってことは、何か意味があるはずだ

生きることできない人もいる中、助かったこの命は大切にしなきゃいけない。

 

 何を託されたのか考え始めた小学の半ば、まずは人間としてどうあるべきかを模索し始めました。

 

家族、学校、大人たち、いろいろな場面で人の心、自分の心を観察してまず出た答えは、

どんな状況でも自分の心に正直に生きようってこと。

負けるより自分に嘘つくほうがダサい。

それが、勝ち負けじゃなくて戦わないのがいちばんの強さだなって信念に変わっていった。

 

二つ目は、365日休み無く働く両親の目となり、みんながいけないところまで行って、

きれいな景色やそこに暮らす人たちを見てこよう。そしてそれを教えてあげようと思った。

 

3つ目は、、、何だったか忘れたけど、多分、どんなことがあっても家族の幸せがなければ私の幸せはないから家族は大切にすること、人の痛みを救えるように経験増やすこと、命は大切にすること、とかそんな感じだった。

 

安定した職について欲しい母親とは真逆を行く私。

安定で安心は買えないとか、やらない後悔したくないとか大そうなこと言って、

その時々で自分と向き合って出し続けてきた自分の答え。

 

時には真っ暗闇にあえて飛び込んでみて、逃げ場も作らずに独りになってみて、

独りになるってこういうことなんだなとか体感して、

でもそこにはそこの光があって、正義があって、

 

なんだどっちも一緒じゃんっと学んで、やっぱり自分の心の持ちようだって学んだ。

 

結局この世界は裏も表もなくて、人間の見方一つで目の前の光景は光にも闇にも

善にも悪にもなる。言葉の本当の意味を知ればどちらも悪くないって体感できた。

 

そして時は流れて、祖父が他界した後アーユルヴェーダを学びにインドへ導かれたのだけど、

その時は心停止から救った父の体を思って、本当の健康を学んでくる!そんな感じだった。

 

わけわからず、翻弄されたインド。

 

初めてのインドから帰国した時、たくさん父や母にもお薬を買ってきた。

でも両親は私の話すことに理解不能って感じで、

買ってきた薬も「苦い、やだ」っと拒否られた。

「なんだよ!せっかく親の体を思って買ってきたのに。学んできたのに」っと

憤った。けど、ここもまずは自分だけでよかったんだなって後から気づきました。

 

ここ最近、父も私の言葉に耳を貸すように変化して

それは私が手術して色々なものが取れたからだと実感している。

素直に思っていることを伝えればよかったと今になって学んでます。

 

そして、今週やっと果たせたお役目というのは、母の心の奥にある

辛く悲しかった子供時代の痛みから、母を救うことができたということ。

 

そのきっかけは、数少ない地元の心友が運んできてくれた。

 

私とおなじ漢字で同じ名前のメッセンジャーさん。

この方から母のおばあちゃんが母に伝えたかったことを伝えてもらった。

 

勘がいい私を不思議がるくらいの母は、スピリチュアルな事は怪しいって派で、

メッセージをくれる方に会うのも尻込みしたんだけど、

 

「本当の意味で幸せになって欲しいし、本当に自分を癒せるのは自分しかいないの」

「怖い事はないから大丈夫、一回向き合ってみよう」っと問いかけてみた。

 

メッセージを聞いた母は、半信半疑だったけど、私がここ最近体感してることと、

その方がいうことがマッチするからちょっとづつ自分の中に受け入れてくれてる。

 

人生の停滞感を感じながらも、自分の現在地を把握して、自分の心をしっかり見つめて、

今自分がどんなタイミングなのか、全部俯瞰して一個一個丁寧にクリアしてきて、

病気はギフトだってポジティブに臨めた。

定期検診も半年ごとでいいと背中を押された今月初め、

 

「準備は整ったんだ。新しいことがはじまる!」っと確信した矢先に舞い込んきたこのご縁。

 

これもきっと祖父の導き。だってね、病院の玄関に置かれた菊を眺めたじーちゃんの背中を

写した写真を見たら、ちょうどメッセージをもらった日にちだった❣️

 

またまたじいちゃんの大きな大きな愛を感じて、朝から号泣しました。

 

そして、心、体、それだけじゃなく、私は魂レベルで人を救いたい、そのためには人の痛みを知らなきゃ救えない。

 

そう子供の時に思ったから無謀な冒険を繰り返して体で学んできて

自分の学びのために問い続けてきたことが、

最終的にアーユルヴェーダやヨガに導いてくれた。

 

いいことを知ったらすぐにいつでも家族の姿が真っ先に浮かんだけど、

まずは自分でよかったと昨年気づかされた。

 

だけど、自分の学びのためって思ってやってきた事は

全部この人、自分の母を救いたい、そこが始まりだったんだと

すべての点と点がつながりました。

 

子供の頃に決めたこと、なんだかんで全部実践してきてた。

 

やったーーーーーーーーー!!!!!!

やっと叶ったんだ!そう思ったら、もう嬉しすぎて

やっと救えた!やっと果たせた!

もう喜びと感謝で全身いっぱいいっぱい。

 

これまで誕生日や何かのたびに「生んでくれてありがとう」は伝えてきたけど、

数日前に初めて、いつもお墓に行くと「お母さんを生んでくれてありがとう」と言ってる

ことを母に打ち明けた。

 

思わず二人とも涙が溢れたね。でも、本当にいつもそう思ってきた。

母がいなければ、私はここに存在しないし、

生死の境で私を呼び戻してくれたのは私の名前を呼ぶ母の声だ。

 

だから、どれだけすれ違っても欠かさなかった、生まれてきてくれてありがとうと

産んでくれてありがとうの想い。

照れを外して、やっと面と向かって言えた^^

 

昨日、母と二人でお墓参りに行き、

墓前で母に「生まれてきてよかったって思えた?」っと

聞いたら

「う〜ん、そうだね〜。」って照れ臭そうに笑った。

 

帰宅して車を降りる前、「ありがとう、お世話様でした。こんな話ができるなんて考えたこともなかった」っと

辛かった胸の内をぽつりぽつりと話し出してくれた。

 

「なんで死んじゃったんだよ。ってどちらかと言えば、憎んでた」

「父親じゃなく、母親がいればもっと自分の人生違ったんじゃないかって

思う時もあった」と。

 

うんうん、いいんだよ。どんどん吐き出せって

 

我慢した分いっぱい泣いていいって伝えられた^^

 

ここがスタート。我慢強い心の癖をどんどん解放させてあげよう。

おばあちゃんができなかった分、心のことをこれからもたくさん

話してたくさん聞いてあげよう。

 

これが私がやりたかった事、叶えたかった願い。

 

私の幸せは家族みんなが平和で笑ってることが一番の鍵で

自分だけの幸せを描けっと言われても、それ無しには全てが味気ないって

子どもの時に悟ってしまったから、

どんなにほっとけよって言われても、放っておけなかったんですよね。

とても長い時間を要したけど、それだけ喜びの深さがあって

これから先、何があっても大丈夫と思える。

 

 

私自身がまさに「死と再生」と言える大きな転換期となった2020年。

思いもよらぬ大転換期は、たくさんの感謝と愛を気づかせてくれました^^

 

よし、これで私は心置きなく実家から飛び出していける❣️そう思ったけど、どうやらまだここで、これまでの学びを伝えなきゃいけない人たちがいるっぽい。

 

7歳までが第1章なら、7歳からこの年までが第2章?

これからはじまる第3章。

私を含め、家族全体がいい方向へ流れていくそんな予感しかないのです❣️

 

どんな神様よりも、自分のご先祖様がいちばんの守り神。

そう信じてきてよかった^^

 

すべての出来事はベストなタイミングでやってくる

 

だから、焦らずに

 

どんな未来を生きたいのか、漠然とでもいいからイメージして

 

心の動きに正直に生きていれば

 

自ずと道は拓けていくから

 

安心して目の前のことを丁寧にこなしていきましょ!

 

長文読んでくださってありがとうです^^

 

理恵