在り方のエッセンス

インドに飛び込み体験、体感し得たものは、本当の自分に帰る知恵。

自分の原点はいつでもそばに

先日、かなり久しぶりに

豚の出産に立ち会った。

 

兄や父たちは寝静まった夜9時過ぎ、

 

ヨガ部屋でパソコンに向き合い、寄稿する資料作りを

していた時のこと。

 

キーキービービー、助けを求める子豚の声が聞こえてきた。

 

作業を続けながら、しばらくその声に傾け、

これは手を貸さないとダメだな!っとそのまま

部屋を飛び出して、3棟ある分娩舎のどこからの声か

耳をすませ、豚舎の中へ。

 

声の元にたどり着くと、、隣同士2頭の母豚が出産中!

わお!!

 

そして、今まさに生まれ落ちたと見える卵膜に包まれた子

その隣には生き絶えた子が横になっていた。

 

すぐさま部屋に戻って、リサイクルに出す予定だった

古布を引っ張りだし、豚舎へ戻る。

 

生きている子を布で包み、背中をさすって体温を戻させる。

 

息をしていない子も同じようにしてみる。

「生きろ!生きろー!」っと思いを込めて。

 

でも、この子が息を吹き返すことはなく、

諦めて「助けられなくてごめんねぇ。次は生きようね」っと

声をかけて横に寝かせた。

 

人がついていなくても、初産でなければ母豚も落ち着いていて

自然分娩された子たちは卵膜をぬぐって

母の乳房を探し始めるんだけど、

 やはり、うまく取れない事もある。

 

鼻や口がグジュグジュしてしまって、呼吸ができずに苦しいのは

容易にわかって口元と鼻はすぐにふき取ってあげる。

 

こんな出産劇は、物心つく前から見て育ったので

ついつい細胞から体が先に動いてしまうんだね。

 

胎内で大きく育って産道で引っかかってしまう子、

率は低いけど逆子でなかなか出れない子、

そんな時は腕を肘くらいまで突っ込んで

ゆっくりゆっくり、母豚の呼吸に合わせて引っ張り出す。

 

あまりこれはやらない方がいいと以前言われたし、

今回は手を消毒するものも発見できなかったので、

長い時間、ふ〜っと息ずむ母豚と胎内の子豚を案じながら

見守った。

 

2頭並んだ母豚。

交互に産み落としてくれるので、何頭とり上げたかのか

わからない(笑)

 

気がつけば0時過ぎ。

 

まだ完全に胎盤が降りてきていないのが心配だけど、

「きっと大丈夫だろう」っと豚舎を出る。

 

パジャマのままで飛び込んだので、夜な夜なシャワー浴び直しました(笑)

でもね、まったく「やれやれ」とも「疲れたー」とも感じない。

 

だって子豚が出てくるたびに、

「きたー!頑張ったねーおめでとう❤︎出てきてくれてありがとうねー❤︎」

っと、嬉しさでいっぱいになるんです^^

 

 

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 種を問わず、赤ちゃんて可愛くて 何時間でも見ていられますね❤︎

 

 

園児になる前から見ていたこの生命の誕生の瞬間。

その頃からずっと変わらないこの興奮と喜びで満たされる感じ。

 

それはこの世の真理みたいなものがここに詰まっていると

子どもながらに感じていたからだと思う。

 

雄と雌がいて、時期が来たら交配し、子豚が生まれ、

そしてこのたくさんの命のおかげで私たちは暮らしている。

 

豚に限らず、食べる穀物も、藁も籾殻も、

すべては繋がっている命なんだと

だから食べ物は粗末にしちゃいけないし、

 

豚の生命の営み(排便・排尿)は臭くも

汚いことでもない。

 

人間も豚と一緒なんだよな〜と感じて育った。

 

私も好きな服を着てオシャレしたいし、メイクも楽しい。

 

だけど、いつでも裸で生きる豚さんからの

シンプルな教えは忘れない。

 

それはどんな時もありのままでいること。

 

 

人間によって改良されて、小屋に入れられ窮屈な思いをさせている

という自負は、子どもの頃からずっとあって

 

だからこそ、生かされているという思い、

自分以外の命への敬意は常にある。

 

これが私の生きる基盤。

 

癒すことで癒されるのと同じで

お世話しているつもりでお世話されている。

 

 

高度経済成長とともに、畜産業の環境も生産性・効率化が進みました。

この業種に従事されている方はきっとありのままの姿で生かしたいし、

昔ながらの循環する環境が理想だと思います。

 

だけど、一旦人間が作ってしまった自然と乖離した

価値観は、なかなかそれを良しとしないというのも事実。

 

これはどんな職でも生じる理想と現実なのかもしれないけどね。

 

ネガティブな方ばかりを見ずに、

地球も私たちもきっといい方向へ向かっていると

信じて今日も生きています^^

 

明日は新月

心がざわざわと動いても、あまり深く考え込まず、

そういう時なんだと受け入れて、ゆっくりお茶でも飲みましょー♪

 

そして、心身をすっきりしたい方は

明日の10:00−11:00、オンラインヨガ受付中です💫

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

理恵

 

 

 

 

 

 

 

スキンシップの朝

今朝のこと。

 

ぴょんと跳ねた甥っ子の寝癖が気になって

直している間、 

ふと目を落とし先の足裏が気になり触れてみる。

 

イボみたいなものが2個くらいあって、痛くないのー?

と話しかけながらすりすりと撫でたり、揉んでみたり、

 

そのままキッチンからセサミオイルを持ってきて

じっくり足裏マッサージを開始(笑)

 

自分の足もそうだけど、触れ出すとついつい止まらなくなっちゃう。

 

この2ヶ月、全然触れることができなかったのもあって、

時間の許す限りすりすりモミモミ。

 

マッサージ好きの甥っ子1号は、ゲームを持つ手を止めたりしないけど

同じくマッサージをやめてくれとも言わない。

 

頭頂部あたりにもポンと軽くオイルを置いて、

両耳の内と外にもポンポン置いて。

 

たっぷりオイルをつけてから、しまった敷くものがないぞ!と気づき、

自分の足を敷物にしてマッサージは続行。

 

これなら、私の足にもオイルが浸透して行くし、一石二鳥ってやつだ♪

 

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久々の甥っ子とのスキンシップは、こんな感じであっというまに1時間は

経過してました。

 

ここ数日、パソコン作業が続き、天候の悪さも手伝って関節が痛んだり

していた私ですが、甥っ子をマッサージしながら自分の体もほぐれて行くのを

実感❤︎

 

無意識のうちに、細胞同士がシンクロしている感じ。

そうそう、マッサージを施すのが好きなのってこれなんだよね〜♪

っと思い出しました。

 

甥っ子は4人いるけど、抱っこした時間が長い1号とは

何か通じるものがあって、よくスキンシップはとる方なのだけど、

術後の2ヶ月はまるでできなかった。

 

甥っ子を思いっきりハグしたのは手術から1週間後の3月11日。

 

急に学校がお休みになり、ぽつんと一人でテレビを眺めてる甥っ子を

見て思わず両手を広げた。

 

そしたら、にか!っと笑って、まるで仔犬が飛び込んでくるように

これでもかってほど身体をゴロゴロすりすり、すり寄せてきた(笑)

 

寂しいよね、つまんないよねと声をかけると

「う〜ん?」っと誤魔化すような顔したけど、

温もりが足りていないのは間違いなかった。

 

で、私この数時間後に40度近い熱を出し寝込むことになり、

それからの私はいつも大体不機嫌で、テレビ自体を体が拒否していたのもあり

YouTubeに釘付けで過ごす甥っ子にもイライラ。

 

外に連れ出そうにも、それができないことにも

無意識にストレスを感じていたのかもしれない。

 

自分の体と向き合う時間を大切にしようと

なるべく静かにいたい私と、騒騒しい家の中。

 

感情のリリースができずにストレスは溜まる一方。 

 

やさしく悟すような接し方がまるでできなくて

厳しくあたってしまう自分が嫌だった。

 

そして術後2ヶ月が過ぎ、ヨガを再開し、

徐々に体に負荷をかけることを始めた5月上旬。

 

甥っ子(次男の方)から「りーちゃん散歩行くよ」と、

半ば強制で散歩に駆り出された。

 

お兄ちゃんの方はゲームに夢中で、あまり外に出たがらないのだけど、

この日は珍しくついてきた。

 

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 リードから解放されたワンコのよう(笑)

 

田んぼ道を元気いっぱい走り回る二人をみて、

やっとここまで来れた(回復)〜と嬉しくなった。

 

散々走り回った帰り道の出来事。

お兄ちゃんの1号が走った先から私の方に戻ってきて、

飛びついてきた!

 

これには一瞬、戸惑ってしまった。

 

なぜなら、2ヶ月の間、感情を制御できなかった私は

人一倍顔色見ちゃう1号に対して

散々怖い顔を見せてしまっていて

 

「埋まらない傷を作ってしまっている」と自負はあり

時々、スキンシップを図ろうとマッサージする?と

聞いても、首を縦に振ることはなかった。

 

「そりゃそうだよね、ヤダよね。仕方ないか」っと

気持ちを切り替えてはいたのだけど、

どうやらそれは勝手な思い込みであったかも。

 

 

あくまで私の解釈だけど、甥っ子たちはいつもと様子が違う私を

励ましたくていた部分もあって騒いだりして、

マッサージを拒否したのも、まだ全快ではない私の体調を

案じてくれていたのかもしれない。

 

1号が抱きついてくる前、

まっすぐな瞳と凛々しい表情で

「俺、リーちゃんと一緒に走りたい」っと

素直な心の声を聞かせてくれた

 

「うわぁ〜この子こんな顔するんだ」と驚いた。

 

流石にまだダッシュはきついな。。。と謝って、

「よーい、ドン!」の掛け声とともに颯爽と走っていった1号。

 

そして、走った先から、一瞬両腕を広げる私の仕草を見て

全力で逆走して私の胸に飛び込んできてくれたのだ。

 

(ハグするつもりでいたわけじゃないから、余計に私は面食らったんだけどね。)

 

もしかしたら、この日1号が散歩についてきたのは

「りーちゃんは元気になった」と確認の意味もあったのかもしれない。

 

なんとも立派な甥っ子です。頭が下がる想いですm(_ _)m 

 

こんな事もあり、たくさんスキンシップをとった今日は

隣で音読する私の存在を煙たがる事もなく、

 

時にゲームする手を止めて、音読する私の声に耳を傾けてくれたり、

「見て見てー」っとゲームの内容を私に解説してくれたり、

終始穏やかな1日でした^^

 

 

 

オイルがなくても、

タオルや敷物の準備がなくても、

足裏マッサージはじめ、スキンシップはいつでも

できるもの。

 

家族との時間にもオススメだけど、

まずは自分の肌に触れてみることしてみませんか♪

 

きっと、いいことありますよ^^

 

また長くなってしまったけど、

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

理恵

 

 

Diya-Sanga

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名前には使命が宿っている②

前置き長くてすみません。

これでも箸折っているつもりなんですが、、、

ヨガにしてもアーユルヴェーダにしてもきっかけは

すべて幼き頃の経験に起因するので

どうしても長くなってしまうんですよね。

気づき多きことは有難いことなのだけど。。

 

さて、前回からの続き。

 

サイト名の「Diya」の意味は「寺のランプ・光」です。

 

話は今年2月カヌール滞在中のことに遡ります。

 

大好きなカラリのグルカル(お師匠)のお家を訪ねる中、

仲良くなった親御さんと会話しているときに、改めて名前を聞かれました。

 

(インドの方はレストランの店員さんでも、

町ですれ違う人でも興味津々で名前を聞かれます。

聞かれた際は快く答えてあげてくださいね♪)

 

インドが初めての時、名前を聞かれる度に

私は日本の発音のまま「リエ」と答えていましたが

海外では、RIEは「リー」という発音になって、「リ」と強調しても、

「ん〜難しいな」という反応が多かった。

 

なので、「正しさ」は気にせず「呼びたいように呼んでください〜」

という姿勢に変わっていきました。

 

こんな調子で、名前を聞いてくれた親御さんにも

「スペルはR.i.eで発音は(リエ)なんだけど、

グルカルはじめインドの方は「リヤ」の方が発音しやすいみたい」と答えました。

 

すると、「リヤってすごくいい響きだよ、意味を知ってる?」と聞かれました。

「ん?」突然のことだったので、子ども並みの「はてな」顔をしてたと思います。

 

彼女は続けてお話ししてくれました。

 

「リヤは寺のライト・光のことよ。スペルはDiya。」

と言って、wikiのページを見せてくれました。

 

「スペルも違うし、ディアじゃない?」という私に、

「響きは同じだよ」と彼女は微笑みます。

 

そして、

「オーマイガー、今まで誰もこの意味を教えてくれてなかったの?」

っと驚いた表情をしてました。

 

そこで記憶をギュギューっと遡ってみると、、、、

 

そう言えば、グルカルからマッサージを学ぶはじめの日。

同じように名前を確認され、「リエ」という発音に困ったような表情を

浮かべたグルカルが、しばらくブツブツつぶやいた後、

 

パッと晴れやかな表情になり、

目をキラキラさせて「リヤー!」「いい名前だ!」

と言ってくれたのを思い出しました。

 

そういえば、テンプル、ランプとか言ってくれてたような〜。。

 

その当時の私の頭は

アーユルヴェーダ治療!学び!カラリマッサージ習得!そしてマラヤラム!」

これでいっぱいいっぱいだったので、お寺のことや神様のことまで

気に留められるほどの余裕はなかった。

 

なぜあんなにグルカルが褒めてくれたのか、

その真意をこれっぽっちもわかっていなかった。

 

インド7年目にしてその有り難味を思い知るのでした。

 

続けて

「寺の光ってみんなを照らすものでしょ。

だからみんないい名前だっていうのよ」っと彼女に言われて

もう、一気に胸がいっぱいになりました。

 

「そっかー、そんな素敵な愛称でずっと呼んでくれていたんだ」

と噛みしめる感じです。

 

私がお寺でヨガをする意味や、自分がやっていきたいことへのイメージと

このエピソードに「また点と点が繋がったなぁ」と腑に落ちて、

 

「寺の光か」

 

なにかスーッと一本、気が通るような、

意気込むものでもなく、とてもクリアで心地いい感覚を

覚えました。

 

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グルカル2014年当時からありがとうございます💛

 

これまで使った屋号は開業届を出すにあたり、何か

一生懸命考え、捻り出した感がありました。

 

その当時は前向きに捉えていたはずだけど、

「ヒーリングルーム 」っていうのが

私に窮屈感を与えていた。

お友達の協力を得ながら、試行錯誤しながら向き合った時期。

お友達には心から感謝しています。

けれど結局、最後までその違和感は払拭できずにいた。

 

 

そして、自分の内側も外側へも意識もどんどん変わっていった2019年下半期。

小さい枠から飛び出したい気持ちが抑えられず、うずうずしていました。

 

そんな勢いでいた年末に手術は必須かもとなり、

一旦、何もかも忘れて過ごしていたインド。

 

その滞在中で再認識した自分の名前の意味。

それと「集う」という意味の「Sanga」。

 

武術の練習がなくても、年齢問わず、いつも人が集い、語らい、

微笑みが溢れるグルカルのお家。

 

あー、きっとこれが自分が望むものなんだなぁと、素直に思えて、

Diya Sanga」という言葉ができました。

 

ヨガは軸にあるとして(ここでいうヨガはシュリカリに限らずこれまでの経験全てを含めたもの)

どんな展開になっていくのか今のところ定かではないですが、

枠にとらわれない大きなフィールドを自分に与えてたことで、

なんだかとてもワクワクしている私がいます。

 

また3月3日に受けた子宮頸部円錐切除という手術は、

自分の想像をはるかに超える大きな気づきというプレゼントを

与えてくれました。

 

この経験から、さらに自分が豊かになっていくのを日に日に実感している毎日です。

 

ヨガのレッスンに限らず、経験や感じたことをシェアしていく場を

設けていきたいなとワクワクしながら思案する日々♪

 

小さい時に「死」を感じたことで「名前」や「真理」に対する

自我みたいな想いはちょっと人より強かったかもしれない。

 

だけど、結果的に「普遍の真理」に辿り着き、「寺の光」に結びついた。

 

手術前まで、インドもあまびき観音さまも、

すべては亡くなった祖父が導いてくれていると思っていた。

 

今は、死の淵に際し「生きる」と自分で選んだ日から、

ちゃんと自分でも手繰り寄せてこれたんだと

半分は「理恵」の質と認めらてあげられる私がいる。

 

余談ですが、先日参加したねろたん主催の「オラクルカードリーディングお茶会」でも

「理恵さんは灯火なの」っと言い当てられ、

「おー知ってる知ってる〜♪」っと

嬉々としてお話しに耳を傾けていました^^

 

お茶会の趣旨をよく理解しておらず、

これまた直感で参加申し込みしちゃった

のですが、結果オーライ(笑)

 

流れは来てる〜っと背中を押された日曜日でした💛

今のご自身に必要なメッセージをいただけるねろたんのお茶会、

気になる方は上のリンクから進んでみてください。

 

 

社会の在り方、暮らしの在り方が問われる今、

何をしていくのか迷いが起きる時もある。

 

「使命」って言葉をテーマに使ったけど、

そこに囚われず、日々を自分らしく楽しく生きていられたらそれでよし。

 

だけど、もし現状に思うところがあるのなら、

「名前」というご両親から最初にもらった贈り物に

自分の本当の幸せは隠れているかもしれません^^

 

この機会に、ちょっと辞書引いてみるのもいいですね♪

 

 

Diya-Sanga」と合わせて

「スキンシップ推進委員会メンバー」としても活動していきますので、

よろしくお願いします♪

 

最後までお読みいただきありがとうございます^^

 

理恵

Diya-Sanga

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梅雨の走り

夏の暑さから一気に冬に逆戻り!

 

すっかり衣替えしてしまった衣装ケースには

風通しの良いものばかりで、唯一出しっ放しの

厚手の大判ストールに包まってブログを書いております。。

 

さて、連日の雨模様。

このまま梅雨入りするのではないか。

 

本格的に梅雨入りする前の「今」、

自分自身を観察してみましょう。

 

季節の変わり目1〜2週間を

アーユルヴェーダでは<ルトゥサンディ>と言ってとても大切にされています。

 

気温が低くなり、冷たい雨・風の影響で「冷え」が増します。

すると、一気に体の中の「火」の力が弱り、消化力が落ちやすくなります。

 

こんな時は、食事量を減らしてみたり、温かくて消化しやすいもの、油分を含んだスープなどを食事に取り入れると

良いですよと、アーユルヴェーダは教えてくれます。

 

ここ数日の食生活を振り返ると乱れがちだったりしませんか?

 

「あ、昨日食べすぎちゃった😰」と、不必要に自己嫌悪に陥らないでくださいね。

 

すべての気が乱れるとされる梅雨シーズン、きっと多くの方が何かしら心身の不調を

感じやすい時期です。

 

過去に「季節の過ごし方講座」をした時の

資料からこの時期に出やすい症状をあげてみます。

  • 関節痛
  • 冷えやむくみ・重だるさ
  • 咳や鼻づまり
  • 頭痛
  • 湿疹・皮膚のかゆみ
  • 下痢
  • 苛立ち
  • 不安感

 

いかがでしょう、該当するものはありましたか?

 

該当なしならそれは素直に喜んびましょう。

該当あった方もご心配なく、これは自分自身を見直すチャンスです☆

 

まずは紙とペンを用意して、食べたもの、飲んだもの、排便はどうだったか、何時に寝たかな?

心や体の状態はどうだったかな?

と、ちょっと書き出してみましょう。

 

書き出すことで簡単に自分を客観視できます。

 

不思議とこれをしただけで、翌日からちょっと意識が変わりますよね♪

 

 

ケララも6月に入った途端に雨季がはじまります。

パンチャカルマのシーズンが始まるな〜とウキウキしながら、私はこの後、ガルシャナをします!

 

ガルシャナとは、「アーユルヴェーダ式乾布摩擦」です。

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私が子どもの頃、冬の寒中水泳の映像と共に子どもたちが乾布摩擦している映像を見た気がしますが、日本にも昔からある民間療法です。

 

今日は湿った空気と冷たい風で一気に体が冷えてしまいました。

 

私は特に、寒さ・冷たさが苦手なので、本当にこの気温の急降下はやめてほしい。

こんな日はオイルマッサージの前に

乾いた肌を絹のミトンでやさしくマッサージします。

https://www.instagram.com/p/CAZjLnjh2fl/

Rie Amagai on Instagram: “寒い寒い🥶🥶🥶 20度以下って、私とっては冬と一緒です😭 1月ぶりに美容室に行けたのだけど、さっぱりして外に出たら寒さが増していた😱 薄着すぎて我慢できず、危うく外出先でアウター買うところだった。それだけ寒さに弱い🤣…”



肌を摩擦することで熱が作られ、足や腕だけのマッサージでも、いつの間にか身体全体がポカポカしてきてます♪

 

ガルシャナした後の肌にオイルを塗ると、その浸透の良さに驚きます💛

そして、一段と肌ツヤも良くなる。

ぜひ試してみてくださいね^^

 

 

私が使っているミトンの購入先:
AROUND INDIA オンラインショップ
  在庫がない場合もあります。

そんな時はこちらをご参考にしてください。

 

または、麻や木綿などご自宅にあるやさしい肌触りのタオルや布でも代用できます。

 

気軽に取り入れられるところから、アーユルヴェーダ ライフをお楽しみください。

 

では、お読みいただきありがとうございました♪

 

理恵

 

HP: https://www.amagai-rie.com

公式LINE: https://lin.ee/tz4TR2a

 

名前には使命が宿っている①

きっと誰しも一度は考えたことがあると思うこのテーマ。

 

私が自分の名前について考え始めたのは、小1くらいの授業がきっかけだったと思う。

 

「自分の生い立ち」「名前について」

両親に話を聞き、それを学校で発表するとかそんな感じの内容。

 

母に名前の由来を尋ねると

「理性に恵まれたいい子に育ちますようにと願いを込めた」と返ってきた。

 

もちろん、小1で「理性」は理解できなくて、

「理性ってなんだろう?」という自分の中での問いはこの頃から続きました。

 

理性の意味はわかっていないけど

お父さんとお母さんは「いい子に育って欲しいんだ」は

わかった。

 

いつの間にかこの「いい子」が私を苦しめていくことも知らずに、

「いい子にならなきゃ」とインプットしてしまった。

 

その後、小2の夏休み前に風邪をこじらせ、肺炎に。

その菌が脳へ飛んで意識不明の重体。

 

数日眠り続け、生死の境を体感しました(記憶途切れてますが)

意識を取り戻すと、嘘みたいに回復が早く、脳波も異常なし、

後遺症もなく異例の速さで退院。

 

記憶のない私にはどれもこれも現実味がなく、

目の前に起きていることは他人事のよう。

 (日々の採血、点滴の痛さは実感していたけどね)

 

短い期間の中、小児科病棟の大部屋にいる子たちと会う機会が幾度かあった。

廊下に出てキャッチボールしたり、鬼ごっこしたり、

怪我や病を抱えていても、生き生きと過ごす子たちの眩しさに、

なんだかうまく馴染めない私がいた。

 

なぜなら、現実味がなかったのもあるけど、

別の理由で助かった命をあまり喜べていなかったから。

 

 家族や親戚、近所の方達が「良かった良かった」と泣いて

喜んでくれるので「まぁ、良かったのかな」とは思っていたけど。

「生きてて良かったーーー!」って心地ではなかったのは確か。

 

この体験をきっかけに

「私の命ってなんだろな」

「生きるってなんなんだ」

と、助かった意味生かされた意味などをたくさん考える子どもとなりました。

 (7歳は早いよね。もっと無邪気で良かったのに。

これも持って生まれた性質だったのだろうけど)

 

人生の中で時には苦しくて、しんどくて、

「こんな事ならあの時死んじゃえばよかったのに」

そう思うことも正直あった。

 

あったのだけど、どれだけ深く暗いところに落ちていっても、

最後は「いやいや、生きたくても生きられない子たちもいるよ」

と思い出し、「がんばろー」っと立ち上がる。

 

そしてまた

「この命に託されたものってなんなのだろ」と考え、

名前の「理」を辞書で引いては

 

「真のことわりってなんだ?」

 

っと首をかしげ、その時々で気になる物事をのぞいて、体験して

考え、また気になるものが出たら向かってみると繰り返してました。

 

 

長い間、「社会的にいい子」に生きるより、社会的に悪くても

感情むきだしで「自分を生きたい」の葛藤があって苦しい時間が長かった。
(要領悪くて勝手にもがいてたけど)

 

私がずっと学びたかったもの、子どもの頃から答え合わせしたかったのは、

どんな時代でも変わることのない心の在り方。

 

自分の知らない時代を生きてきた人の話、

昔から変わらないもの、古いものに惹かれたし、

戦時中の話を聞くのも好きでした。

きっとその中に「人のこころ」を感じていたのかもしれない。

 

名前の「理」に込められた意味を手繰り寄せながら生きてきて、

 

「本質を知りたい」

 

その一心がカヌールという温かい町に私を導き、

シュリカリのヨガにも縁をくれた。

 

そして、今回変更したサイト名「Diya Snaga」、

これもまた名前に由来したのです。

 

 パート②に続く。

 

 

ヨガに参加くださっている皆様へ

さて、昨夜のオンライン講義に引き続き、

バガヴァンから直接ヨガについてお話が聞ける機会が

月末にもご用意されております♪

 

 

shrikali.jp

 

シュリカリジャパンを主宰する朋子先生が通訳してくださるので、

英語ができないーと遠慮せずに、普段親しんでくださっているヨガについて

なんでも質問してみてください^^

 

バガヴァンが教えてくることは、とてもシンプルなこの世の在り方です。

でも、シンプルが故にいまの現代社会では見落としてしまうことがたくさん。

 

いつでも、どこにいても、どんな時代でも

本来の自分でいられることで、穏やかで健やかな日常を過ごしていける。

 

そんな普遍の真理がたくさんたくさん詰まっているこのヨガ。

その頂にいらっしゃるバガヴァンに直接質問できちゃうんなんて

ラッキーです。

 

まぁ、私の場合はこういう時にふと質問が浮かんでこないので、、、

他の方の質問が「あ、それそれ」っと助けになります。

 

なので、質問という質問は浮かばないけど、バガヴァンてどんな人?とか

ちょっとした「興味」があったり、ぴんときた方はぜひ参加してみてください^^

 

誰かの有意義な時間となりますように^^

 

理恵

 

オンラインにてグルに再会した夜

母の日の昨夜は、家族が集まっての夕食。

久々にお酒をちょっといただいて、

 

20:00−22:00でオンラインでグルの講義に参加しました!

 

ヨガの練習を再開した今月、改めてこのヨガの心地よさ、

奥深さを感じている私にとっては とてもいいタイミングでした

 

おそらく約40人ほどの生徒が参加し、生徒からの質問を和歌山の朋子先生

通訳してくれるという形で進みました。

 

質問内容は省きますが、グルからの言葉を交えながら

私の感じていることを表現できればと思います。

ほぼ、パッションで書きなぐるので読みづらかったらごめんなさーい!

 

 

『初めのうち、ヨガはエクササイズである』

それは間違いではない。

無理せず穏やかに体力を養っていけるとても効率的なエクササイズであると

私も実感している。

 

今私が日に日に感じているのも、体の変化、心の変化です。

これは言葉にするのも簡単なのでシェアしやすい。

ですが、私がお伝えしているヨガの醍醐味はここに先にある。

心・体といった領域を超えてからの境地というか、

味わえるもの、感じられるもの。

 

外見的な恐れからヨガに取り組むのではなく、瞑想を養う時間。

 

どういうことかと言うと、自分が「宇宙の光」であると、

ポジティブに生きる存在として自己を観察する目を養うこと。

 

自己肯定感や自尊心といった言葉にとらわれず、

まずは自分は「絶対性を持った完璧な存在」であることを受け入れていく。

 (絶対性とは、他に対立するものがない、何ものにも制限されない存在)

 

限界的な経験、世界の見方から自分を解放していく。

これまでの人生の中で経験した記憶が積み重なって今をいきている私たち。

それらすべてのことから解き放っていく。

そして、またゼロから自分を再構築していく。

 

自分が生きたお寺になっていくようヨガをする。

私たち自身が内側にお寺を持っていること、

たくさんあるお寺は内なるそれを表していること、

常に平和な心を持ち至福を感じている状態が内側にあること、 

つまり人それぞれが神であると言うこと。

 

これが古代からのギフトであり、

自分は完全であるということを思い出していく必要がある。

 

とバガヴァンは言います。

 

インドに伝わるタントラととても似ていると言う空海の教え、密教

知らず知らずにそのエッセンスを受け取りながら育って来た私たち。

本来当たり前にその教えがあった文化から

分離されてしまった私たちがいることも事実。

 

だからこそ、ヨガをしながら「自分は完全である」ということ

を思い出していく必要があると教えてくれています。

 

私も学びの途中。

空海(タントラ)とはこうである、

サンスクリットはこうであるなんて

簡単に言葉にできませんが、

この時代に日本に生まれ、

育ちながらに受け取ってきた在り方のエッセンスはしっかりと

内側にある。

 

教えの真髄(エッセンス)はシンプルで

シンプルであるがゆえに、言葉でシェアしてみたくなっても

言葉が足りなくて、つまづく。

 

ただ、一つ変わらないものは、このヨガをもっとたくさんの人に知ってもらいたい。

 

もっと心地よく、自分らしく、自分の可能性を、自分を愛することを、

人を敬うことを、この世の素晴らしさを感じることを、

ワクワクして生きることを、命の尊さを、

死を恐れるのではなく、限りある命をポジティブに

楽しみながら生きていくこと、そんなエッセンが詰まった教えとともに。

 

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昨夜バガヴァンが教えてくれたサンスクリット語の詩の一つをご紹介します♪

 

今日を素晴らしく生きたら 昨日が充実します

毎回の明日がビジョン(望み)になる

だからこの日を生きよう

 

「素晴らしく」というのは何か特別なことをするのではなく、

今この瞬間をしっかりと強く生きること。

自分の心理を疑いながら過ごしたり、

不安や心配を持ちながら行動するのではなく、

一つ一つの命のつながりを感じたり、感謝したりして

神聖な空間のなかにいる自分はとても尊い存在であると

感じるだけでもいいのではないかと思います。

 

 

さぁ、私もこの瞬間を生きねば!

生まれ持った好奇心に抗わず、諸手を挙げて降伏する。

この1週間、この「降伏する」をしみじみと感じました。

 

そして、どんな形で展開していくのかは現時点では

まるでまとまっていないけれど、

 

次のステージへ行くと決めました。

 

Diya Sanga」ここを通して

大きく大きくたくさんの光の粒子と出会っていく。

考えるだけでワクワクしてしまう♪
(「Diya Sanga」については別記事にする予定)

 

  おそらくこれが私のお役目。

 

このヨガに出会う前も

あまり人が経験しないことも受けてしまったり、

後先見ずに飛び込んでしまったり、

そしてもがいてもがいて、タントラというものに出会い

やっと答えあわせできたーと思ったらまたもがいて

(これヨガあるあるだと思う)

 

「在り方を伝える」そう決めてこの時代に日本人として

生まれてきた。もう降伏するほかない。

 

2014年初インドで思いがけず出会ったシュリカリアシュラム。

ヨガもせずに2泊し、ヨガもしてないのにここにたどり着くなんて!

と先生方に不思議な顔をされ

アーサナ指導に来ていたグルに遭遇し

「この人偉い人なんだろう」くらいにしか思わず

「こんにちは〜」と軽く言葉を交わす以外は無言で

ただ並んで目の前に広がるなんでもないインドの田舎の風景と

顔を撫でる風を感じた日が懐かしい。

 

実はカヌールのお師匠さんほどヨガのグルとは近しくはないけれど、

きっと無邪気で温かく、フラットな人なのだろうと感じます。

 

過去のものになりますが、

最後に本家シュリカリアシュラムのグル、バガヴァンの動画を添えておきます^^

 

では、また。

お読みいただきありがとうございます^^

 

理恵

 


Shri Kali Ashram - Bhagavan Natha on Essence of Tantra